一年に一度、風邪をひくかひかないかというくらい元気だった主人が、胃の調子が悪くて食欲がないというので検査をしたところ、いきなり、スキルス性胃がんで余命3ヶ月と診断されました。結果をもらいに行ったのが私だったので、本人に告知するかどうかを悩むことが出来ました。もしもこんな時がきたら、告知し合おうとずっと前から約束していたはずなのに、希望も持てない、悪くなっていくばかりの主人には、とても言う事なんて出来ませんでした。主人にとって、どうするのが一番いいかという事に的を絞ると、自ずと次にやるべき事の答えが出てきました。隠し通せるか、とても不安でしたが恐がってる場合ではありませんでした。少しでも自宅で長く過ごせるようにしましたが、その分、私は風穴を開けて精神的にバランスをとる事が必要となりました。外へ出て、医者と連絡をとり合ったり、思いっきり泣いてみたり…。主人とは一緒にいたいのに、とても辛い日々が続きました。主人のために良いと思うことは、何でもし、やり残すことがない様に、時間とお金と愛情を出来る限り注ぎました。最後の入院では、苦しいだけの延命治療は止めて、とにかく、痛みを取り除いてほしいと主治医にお願いしました。
世の中には、努力しても自分の力では、どうしようもない事があるんだということを思い知らされたと同時に、生きることの尊さを教えられました。主人は一生懸命生きて、楽しい事もいっぱいできて、ちゃんと死ぬことができたと思います。46歳で逝ってしまった事実は、どうにも変えることはできないし、残された者は、生きていかなければならないのです。私がどんなに悲しくても、陽はいつもとおりに昇り、周りの人達もいつも通りの暮らしをしています。自然の美しさを感じることが素晴らしいと思える時、なぜか悲しくて、青空も、風も気持ちいいのに悲しくて、何をしても、悲しくて、泣いてばかりの日々が、どれだけ続いたでしょうか。
ある時、幸せそうな親子連れを見て「ああ、私にも確かに幸せな時間があった。主人と一緒にいつも歩いてこれた」と思い、想い出をこれからの力にしていこうと、強く心に思いました。泣いてばかりいても、目の前が明るくなっていかない事に気付いてからは、ちょっと頑張って、自分の好きなこと、好きなもの、きれいなもの、美味しいもの、心地よい音楽、友達とのおしゃべり、などなど…。いつもより少し積極的に動いてみました。じっとしていたら何も始まらない事が、動いたことによって、目先が変わったり、人と出会ったり、何かのきっかけができたりと、少しずつ光が差してきたのです。元気で明るく暮らしていれば、いい事もあるんじゃないかと、最近では思えるようになってきました。それでも、思い出せば涙があふれるような事も、まだまだあります。
悲しみが癒されていくにつれて、寂しさが増していくような気がします。でも、どこかで、きっと主人は、見守っていてくれると思うから、私は息子達と生きていきます。愛する人達と、共有できる時間を大切にして、心豊かな生き方をしていきたいと思います。
***葬儀の際には、色々とお世話になりました。私の希望を取り入れてくださり、思い通りの葬儀がお蔭様でできました。雪解集を去年の秋にいただいて、とても暖かいものに包まれたような気持ちになりました。自分と同じ悲しみを持つ人が、他にもいて、皆、がんばっているんだなと、勇気づけられました。とてもいいネーミングの雪解集に、そして、これから、第二号を読まれるであろうご遺族の方に、少しでもお役に立てればと、今の私の気持ちを送ります。***
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